MIYAVI さんの性格 生い立ち ヒストリーなどなど


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少し前にMIYAVIさんのギターに似た商品を記事にしてましたが、考えたらMIYAVIさんの人柄やらヒストリーを語るのを忘れてましたので、少しだけですが書かせていただきます(๑╹ω╹๑ )

 

 

 

初めに、MIYAVIとは?

元ヴィジュアル系ミュージシャン

 

ソロデビュー時は、雅〜miayvi~名義でヴィジュアル系として活躍していました。当時所属していたのはPSCOMPANYというthe GazettEも所属している事務所で、事務所立ち上げ初期からいたMIYAVIは、アーティスト活動はもちろん、社長と一緒に事務所の経営の方でも腕をふるっていたそうです。

 

MIYAVIさんの人気やthe GazettEの勢い、事務所の努力もあり、ヴィジュアル系界隈では、エクスタシーレコード(YOSIKI率いる会社、LUNA SEA、GLAYを輩出)、フリーウィル(DIR EN GREY所属)、マーベリック(L'Arc-en-Ciel、シド)に次ぐ実力を持った会社となります。

 

雅〜miayvi~さんは他のヴィジュアル系アーティストと比べても圧倒的に美形であり、スタイルも良く、作詞作曲も自分で出来るという、アーティストとしても頭一つ抜きん出た存在でした。特にギターに関しては、昔から圧倒的なパフォーマンスを行っていました。この頃からすでにサムライギタリスとしての片鱗を見せております。


MIYAVI Guitar Slap

 

MIYAVIさんのギターに対する思いやヒストリーは後述いたします。

 

ちなみに

若い頃の動画を見ていると、少し生意気な場面も見て取れます。ベッキーと共演した際も少し小生意気な感じがしますね。


Miyavi @ white day

 

他にも若かりし頃、DAIGOと共演もしており、なんとキスをしております。


Daigo Stardust feat. Miyavi - Maria (live)

 

後にGACKTさんのラジオ番組に出演したMIYAVIさんは、当時のDAIGOさんに対して、MCはやめたほうがいいと言うなど、腹の底から本音を言い合える仲だったと語っています。

 


GACKT & Miyavi on Nine Nine /w Eng sub

 

 

ちなみになぜGACKTさんとMIYAVIさんの交流があるかというと、

MIYAVIさんはかつて、YOSHIKI(XJAPAN)、SUGIZO(XJAPAN、LUNASEA)、

GACKTさんと一時的にですがバンドS.K.I.Nを組んでいたことがあるからです。

 

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このメンツでギターを託されるMIYAVIさんはやはり抜きんでた存在であったのでしょう。

 

世界的なサムライギタリス

PSCOMPANYから独立した彼は事務所を立ち上げ、世界に向けて活動を開始します。

この時から名前を雅〜miayvi~からMIYAVIへと変更しています。

 

事務所立ち上げ当初は大変だったようで、事務所のネット環境の整備等も全部自分でやっていたようです。PSCOMPANYにいたころはそれなりの地位おり、レコード会社の人たちとも上手くやっていたようですが、世界で戦うことを決意し、慣れ親しんだ環境から巣立っていったのです。

 

事務所の運営、英会話の学習、家族との時間、そして音楽、ギター、あらゆるものに真剣に取り組んだ結果として、今では世界30カ国300公演をこなすようまでに海外からの人気を博しています。

 

そして彼は海外でサムライギタリストとして広く認知されています。

 

これはMIYAVIさんギター奏法・音色が独自のものであるからです。

具体的には、

■ピックを使わずベースのスラップのように弾く

■アコースティック使用時はギターのボディーをたたきパーカッションの音を出しつつ 演奏する

■三味線ベイーンという独自のサウンドを意識している。

■全音一音下げかつ、ベースアンプを使用している。

■エレキギターを弾く時もアコギのサウンドを基本に、歪みなどを調整している

などがあります。

 

海外にはMIYAVIさん同様にギタースラップをするミュージシャンもいますが、独自のプレイスタイルと独自のサウンド作りを確立しているMIYAVIさんは、サムライギタリストの名に恥じぬ、世界に通用する日本を代表するアーティストなっています。

 

 

 ハリウッド映画俳優

 世界的なギタリストとして躍進するMIYAVIさんに目を付けたのは、あのアンジェリーナ・ジョリーです。

 

彼女と一緒にいる姿が目撃され、一時期は新恋人なのではないかと記事に書かれたこともあったようですが、そんなアンジェリーナ・ジョリーとはいまでは家族ぐるみの付き合いだそうですね。

 

アンジェリーナ・ジョリーとの絆の中で、MIYAVIさんは彼女監督の映画、不屈の男アンブロークンという映画にオファーされることとなります。

 

内容としては戦時中のこともあり、賛否両論分かれる内容となっていますが、初映画出演というなかで、本人としては様々なことを感じ、学んだ作品となったようです。次も機会を頂けるならまたがんばりたいと本人も言っていますので、役者としての活動も楽しみですね。

 

www.oricon.co.jp

 

 

後日談になりますが、MIYAVIさんは、アンジェリーナ・ジョリーが行っている難民救済活動に同行しております。

 

アンブロークンで戦時中の兵士の役を演じ、難民救済活動の中でも紛争が引き起こす現状を認識するなど、争いが生むものについて感じることは多かったようです。それと同時にどのような環境下でも、夢を追い続ける子供たちの姿を目の当たりにし、夢を追い続けることの大切さや、こどもたちが夢を持ち続けられるような教育の重要性を本気で感じ、世界を変えていきたいと思うようになったそうです。

 

いつぞやかツイッターで誰かがMIYAVIさんの難民救済活動にイチャモンを付けたことがありましたが、MIYAVIさんは「そんなんだから世界が変わんないんだろ」と一蹴したことがあります。本気で世界を変えたいと思っているMIYAVIさんは現在も救済活動を続けるとともに、その活動の幅を広げ、UNHCR親善大使としても活動しております。

【プレスリリース】MIYAVI、UNHCR親善大使に就任 - UNHCR Japan

 

パリコレにモデルとして参加

端正な顔立ちと185cmの抜群のルックスを活かし、パリコレデビューもしています。改めて言いますが、MIYAVIさんは国内では屈指のイケメンであり、海外でも通用するイケメンです。

 

パリコレではヨウジヤマモトさんの冬メンズコレクションのモデルとして参加しています。ヨウジヤマモトさんも40年以上世界で戦うファッションデザイナーであり、世界を舞台にする者同士がこういった形でつながりあうのは、日本人としても誇らしいものですね。(MIYAVIさんのお父さんは在日韓国人ですが、本人も大きくなるまでそえは知らなかったとのこと。血は違うかも知れませんが、MIYAVIさんが日本人として世界で戦っていることは間違いないと思います。)

 

 

さて、このように世界を舞台に活躍するMIYAVIさんですが、その生い立ちはどのようなものなのか書いていきたいと思います。

 

 小学生〜中学生くらい〜サッカーが生きる目的であった〜

 

小学生の頃からサッカーをやっており、キャプテンを任せられる他、県選抜やプロのチーム(セレッソ大阪のジュニアユース)にも入っていたMIYAVIさん。

 

この頃の夢はサッカーで飯を食べていくとの事だったようで、プロになり、海外チームを倒して自分もハッピー、周りもハッピーになる事を望んでいたようです。

 

MIYAVIさんは一つのことに集中すると徹底的にそれをやり続ける部分があるようで、サッカーをやっていた頃の生活は学校が終われば、その後は遅くまでサッカーの練習をひたすらやり続けていたそうです。

 

少し前に書いたGACKTさんの記事にも書いていますが、そういう性格はGACKTさんと同じなような気がします。

incentive-to-innovation.hatenablog.com

 

しかし中学2年生の頃に怪我によって、数ヶ月の間サッカーの練習が出来なくなってしまいます。

 

その間も、周りの友達はプロを目指す環境で練習している人たちばかりなので、日に日に自分との実力差を感じてしまったようで、さらには監督も変わったことにより、チームについて行けなくなったみたいです。

 

この当時の状況をMIYAVIさんは、甘い方に逃げた、根性があればサッカーを続けることはできたと言っていますが、当時のMIYAVIさんはまだ幼い事もあり、目の前の現実に立ち向かうことが難しかったのかもしれません。

 

生きる意味を失っている最中で出会ったのがギター

大げさな言い方かもしれませんが、サッカーを辞めた後は生きる意味を失ってしまったようです。それだけサッカーに夢があったようで、集中できる何かを失ったMIYAVIさんには毎日がつまらなく感じていたようです。

 

その後、友達とバンドやろうぜという話になり、たまたまギターを始めることになります。

MIYAVIさんはアーティストに衝撃を受けて音楽を始めたわけでもなく、いわゆる、人生を変えるような曲に出会ったというわけではないようです。あくまで、たまたまギターに触れる機会があっただけとの事です。

 

初めてギターのドレミファソラシドを弾いた時、何十万人もの前でスポットライトを浴びながらギターを弾く自分の後ろ姿が頭によぎったようで、これだっ!と感じたそうです。それ以降、ギターの楽しさに心を奪われて、のめり込んでいったようです。

 

なぜギターに強く心を惹かれたのか?

 

 MIYAVIさんはサッカーをやっている時、ゲームを作ることに楽しさを感じていたそうです。それと同様に何かを作る楽しさをギターからも感じ取れたからと言っています。

 

自分で作る楽しさからギターを始めたため、ギターに触れた当時から他人のコピーはあまりしなかったとの事(キザイアの曲も全く弾けないとか)。コピーよりは、他人の曲に合わせてオリジナルでギターを弾くことの方が楽しかったようです。

この時から、自分で世界観を作るということにこの時から強いこだわりがあったようですね。

 

ギターと向き合うようになって音楽をより強く聴き始めた。

もともと、好きな音楽やミュージシャンがいたわけではないので、ギターを始めてからは色々なジャンルの音楽を聞いていたようです。

 

ポップス、ブルースから、メタリカやガンズのようなロックを聴き始め、当時国内で人気のあった、X JAPANやLUNA SEAにもハマったとの事。ニルヴァーナやサウンド・ガーデンなどのグランジも聞いていたそうですが、やはりデヴィッドボウイやV系のような派手なミュージシャンが好きだったみたいです。そこから、KORN、リンキンパークなどのニューメタル系に直行したとの事。

 

また、MIYAVIさんに音楽を教えてくれた2つ年上の先輩が、ジャパコアのバンドをやっており、ライブもよく見に行っていたようです。

 

ただし、MIYAVIさん曰く、ギターが好きでギターとともに生きて行きたいと思っただけで、特に傾倒する音楽はなかったとの事、ロックもグランジもヒップホップもメロコアもジャパコアもV系も全部同じように聴いていたそうです。

このような音楽に対してフラットな姿勢が、世界で通用する音楽を生み出し続ける活動につながっているのかもしれません。

 

17歳の時、先輩との死別

当たり前の一日を過ごしていた時に、お世話になった先輩が、北海道の路地裏で亡くなっているのを耳にします。

 

先輩の死後、自分は大切なものを失った感覚に陥ったと同時に、そんな事を気にもせず動き続ける世界を感じ、MIYAVIさんは街の景色が違って見え、そこに居たくないと猛烈に感じたそうです。その後はスーツとサンダルとタバコ、携帯、財布だけを持って東京に移動しました。

この時の感覚を歌にしたのが、こちらなのかな〜と思っています。


雅 - Official Bootleg live at Shinkiba Coast [17/19]

 

上京後〜バンドの結成・解散〜

東京で前のバンドのメンバーと再会し、一緒にスタジオに入ったら意気投合したそうです。バンドの曲にMIYAVIさんが急に音を合わせることができたため、メンバーは驚いて居たそうです。

 

初めはサポートメンバーとしてライブに参加したMIYAVIさんですが、それでも客席から自分を呼ぶ声が聞こえ、自分はここに居ていいんだと自分の居場所を見つけたようです。

 

後にそのバンドは赤坂BLITZや渋谷AXでワンマンライブができるようになるまで成長します。しかも、作詞作曲は全部MIYAVIさんがやっています(確かですが・・)

 

 以下、バンド時代の名曲明鏡止水です。


Due le quartz - 明鏡止水 (Meikyou Shisui)

 

しかし、ある時から、メンバーとの意思の疎通が上手くできなくなってきたようで、何かが違うと感じ始めたようです。

 

MIYAVIさんはバンド時代から、音楽をやるなら世界一になりたいと野望があった。しかしメンバーはシーンで一番であれば良いという考えだったようで、だんだんとバンドにいるのが辛くなってきたようです。

 

自分がやりたいことと、やっていることが実際に違う状況の中で、心を病んでしまったMIYAVIさんは、事務所の社長から休暇をもらい、沖縄へ。

いろんな事を考えていく中で、野宿を行い、翌日変な虫に刺されたのか、顔がパンパンに腫れ上がっていたようです。そんな自分をみて、おかしく、笑ってしまい、それと同時に何かが吹っ切れたみたいで、バンドメンバーと決別してでも自分の道を進む事を決意します。

 

ソロデビュー~オリジナルスタイルの確立~

 ソロになった時も、当たり前のようにギターを弾くMIYAVIさん。ソロ初期は7弦ギターを使用していましたが、本当にこのままでいいのかと自分に疑問を感じていたようです。そんな折、ベースのスラップを見て、ギターでできるかもと思ったのが、今のスタイルを確立する最初の一歩となります。

 

ソロ初期は、エレキギターを弾いていましたが、プライベートではアコギを使ってスラップの練習をしていたとの事で、いつしか、アコギ✖️スラップが自分のアイデンティティになると確信し始め、そうしてできたアルバムが、「雅ーみやびうた・歌〜独奏〜」となったのです。

 

本ブログの最初の動画にも上げていますが、「自己愛、自画自賛、自意識過剰」は現在のスタイルのルーツになっているのが良くわかります。

 

アコギ✖️スラップが自分のアイデンティティと言いましたが、前事務所所属中に行った海外遠征の中で、現地のミュージシャンと音をぶつけ合い、世界で戦うためにはさらなるオリジナリティが必要だと感じ始めます。

 

そこで新たに世界と戦う武器として、アコースティックギターのようにアタック音が瞬時に聞き手に伝わり、エレキギターのようにサウンドを変えることができる名機TaylorのT5シリーズを使うようになります。

(ちなみにTaylorのギターが欲しいけど買えない人はこちらを参照ください)

incentive-to-innovation.hatenablog.com

 

加えて、一時的ではありましたが、歌舞伎BOYZのメンバーを引き連れ、タップダンサー、和太鼓、ラップ、DJ、ボディーペインティングなどのパフォーマーたちと世界を周るなど、日本人として世界に羽ばたくため、あらゆるものを融合する時期がありました。このころが一番、和テイストが強く、ヴィジュアルとしても華があったころだと思います。

 

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このときの事をMIYAVIさんはこう語っています。

「ワールド・ツアーを初めて回ったのが2008年。その時はKAVKI BOIZという総合エンターテイメント集団やDJ、ラップ、タップ、和太鼓、ボディーペインティングなんかをやっているさまざまなパフォーマーといっしょに、マテリアルは欧米でも日本人の解釈によって生み出された独自の音楽を打ち出してみようというコンセプトで回りました。日本人として生まれたからには、日本人として打ち出したかった。結果、KAVKI BOIZは世界中でものすごい大きな反響を得ることができたけど、その後で自分を問いただしたんです。俺個人では世界に対して何がやれるんだろうって。

http://tower.jp/article/interview/2010/10/28/71174

 

世界で一定の成果はあげたものの、それは自分の力なのか疑問を感じられたようです。

そして続いて以下のように言っております。

そして改めて雅-MIYAVI-という音楽家と向き合った時に、何が必要で何が必要じゃないかを考え抜いた結果、ギターとビート、そしてシャウトが残ったんです」。

 

こうした経緯で、今のギターとドラムだけで世界と戦う姿勢となります。

 

シンプルな構成ですが、スラップでギターを掻き鳴らしながらつつも、いくつもの音数を生み出し、低音から高音まで、ニュアンスの違うサウンドを同時に鳴らすそのスタイルからは、他者にはない爆発力やスピードが感じられます。加えてドラムのBOBOさんがMIYAVIさんに対抗するかのようにドラムを叩くことによって、凄まじい熱量の音楽が生み出されています。

 

最近ではフェンダーのギターを使用することが多くなっていますが、

その理由等はこちらをご覧ください。

natalie.mu

deepdiver.jp

 

 技巧だけにこだわっているのではない

 

MIYAVIさん自身は技巧的なミュージシャンですが、本人は技巧的な人に特別惹かれるわけではなく、それよりは下手でもいいからドキドキするほうがいいと考えているようです。ギターでオーディエンスを踊らせたい。最近ではそういう気持ちも強いようで、ダンスミュージックとの融合も積極的に行っているようです。

 最近では三浦大地とコラボするなど、のりやすい音楽を積極的に作っているのがよくわかります。


「Dancing With My Fingers / MIYAVI vs 三浦大知」Music Video

 

 

どうでしょうか?MIYAVIさんの性格、生い立ち、ヒストリーを少しは感じていただけましたでしょうか?

 

今度はアルバム毎の特徴やオススメの楽曲を書けたらなーと思います1

 

 

この記事を読んでいただいた方がいらっしゃいましたら、スター、コメントなどよろしくお願いします(๑╹ω╹๑ )

間違っているところがあれば修正いたします!

 

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