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【レビュー・感想】tetsuya(L'Arc〜en〜Ciel)さんの活動の軌跡と性格

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L'Arc〜en〜Cielが国内屈指のロックバンドであり、唯一無二の存在である事は疑う余地がありません。

彼らの音楽は美しく、多彩で、壮大で、攻撃的であり、その世界観は国内外を問わず多くの人を虜にしています。

 

確固たる地位を築き上げたL'Arc〜en〜Cielが今もシーンの最前線に君臨し続けるのは、メンバー一人一人がミュージシャンとして高いレベルにあり、進化をし続けているからと言っても過言ではないでしょう。

 

この揺ぎないバンドが何故ここまでの成長を成し遂げたのか、その答えを紐解く時、そこにはtetsuyaさんの存在が欠かせない事がはっきりと分かります。

 

L'Arc〜en〜Ciel立上げ時からのリーダーであり、プレイヤーとしてもプロから高い評価を受けているtetsuyaさん。

今回はそんなtetsuyaさんについての軌跡を紹介し、そこからtetsuyaさんの性格を紐解いて行こうと思います。

 

tetsuya/L'Arc~en~Ciel (リットーミュージック・ムック BASS MAGAZINE SPECIA)

tetsuya/L'Arc~en~Ciel (リットーミュージック・ムック BASS MAGAZINE SPECIA)

 

↑こちらの本を参考に個人的な感想を混ぜながら書いています。 

 

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小学校〜中学校の音楽は遊びの一環だった

元々は音楽に興味が少なく、鼻歌も歌わなかったそうです。しかし高学年になるにつれ、テレビで流れるYMOや一風堂に興味を持ち、少しづつですが深夜ラジオの洋楽を聞くなど、音楽に興味を持ち始めました。

 

地元にはL'Arc〜en〜Cielのギタリストであるkenさんを含め、ギターを弾く友達が数人いたようで、tetsuyaさんも自然と楽器に興味を持ち始めます。

その頃、kenさんからベースをやって見たら?と勧められ、母親に相談してベースを買ってもらいました。

 

ベースを購入したものの、皆で音を合わせるという事はなく、各々が好きな音楽に合わせて弾いて遊んでいただけのようです。もともと手先が器用なtetsuyaさんは練習せずともギターもある程度弾けていたみたいです。

 

当時のtetsuyaさんはデュラン・デュランが好きだったようですが、kenさんたちからハードロックやヘヴィメタルを勧められ、聴くようになっていきました。

 

高校時代には実力の片鱗を見せ始める

この頃になるとバンドを組みたいと思うようになります。

当時は高校生バンドが市民会館を借りてイベントをやる事が多く、見物に行った時にオリジナル曲をやっているバンドがおり、彼らにとても惹かれたようです。

 

後日そのバンドのベースが抜けることになったため、tetsuyaさんが加入し、晴れて初バンドのメンバーとなります。

 

そこからいくつものコンテストに参加し、優勝もするようになります。この時、既にテレビにも出ていたようです。

tetsuyaさんはベースが好き!というよりもバンドをやるのが楽しく、自分はたまたまベースをやっていたくらいの感覚のようでした。

 

この頃のプレイスタイルはDEAD ENDのJOEさん風だったそうです。基礎を学ぶためにもベースを習いに行ってたようですが、音楽性の違いから先生との折り合いが合わない(先生はポップス派、tetsuyaさんはロック)との事で、学んだ事は何もなかったと後日談で語っています。

 

バンドメンバーは卒業後はプロを目指す気だったのですが、tetsuyaさんはそういった気もなく、高校時代は趣味程度でバンドを続けていました。

 

フリーター時代には多くの人脈を築く

レコード屋さんでフリーターをやりながらバンド活動を行っていたtetsuyaさん。

その時期に一緒に活動していたメンバーはプロを目指しており、大阪で活動するため、不動産を探していました。

tetsuyaさんは大阪の物件相場を知るために、「俺の部屋も見てきて」とお願いしたのですが、どういう経緯かそのメンバーはtetsuyaさんの部屋も契約していました。

 

前金も払ってあるので、しぶしぶ大阪に出たtetsuyaさん。大阪に来たものの、バンドをするつもりもなかったので、とりあえずはバイト探しを行い、ここでもレコード屋さんに勤務します。

 

実はこのレコード屋さんがヘヴィメタルやハードロックを中心としたプロも御用達のお店で、バイトをしたくても中々入れない人気のお店だったのです。

ただ、tetsuyaさんは高校生の頃にレコード屋さんでバイトしていた事、その時レコード屋さんで知り合った営業さんの紹介等があり、バイトとして採用される事ができました。営業さんに紹介してもらえるくらい真面目で仕事熱心だったのかもしれません

 

このレコード屋さんにはプロミュージシャンもキャンペーンに来ていたようで、ここでDEAD ENDのメンバーや業界の人と多く知り合えたようです。

 

自然とライブハウスに行く頻度も増え、tetsuyaさんは色々な人と積極的に繋がりを持とうと動き出しました

そこである人から一緒にスタジオ入ろうと声を掛けられた先でhydeさんと出会います。

インディーズ時代は独自の集客方法で動員数を伸ばしていく

多くのバンドマンと繋がりのあったtetsuyaさんはスーパ・バンドを目指すべくメンバーを集めていきます。

 

hydeさんにはずっと目をつけていたのですが、hydeさんが新しいバンドを始めたこともあり、最初は中々メンバーに引き込めなかったようです。

暇さへあればhydeさんに電話し、「調子どう?」と訪ねていたそうですが、「調子いいよ」とhydeさんが返事するたび「そっか・・調子ええんや・・」と残念がってたそうです。

 

hydeさんがボーカルになる前にもT.M.Rの西川貴教さんにも目をつけていたそうですが、西川さんのバンドは先にデビューしてしまい、バンド結成には至りませんでした。後に二人はMステやポップジャムで成長した姿で再会することになります。

tetsuyaさんは若い頃から先見の明があったのかもしれませんね

 

話を戻して、hydeさんを口説き続けたtetsuyaさん。口説いた決め手は「自分とバンドやった方がhydeのために絶対なる」でした。tetsuyaさんの熱心なアプローチに打たれ、一度一緒にスタジオに入り、お互い手応えを感じたそうです。

 

理想のメンバーが揃ったことでtetsuyaさんはバンドの存在を世に知らしめるため、バンドのマネジメントを始めます

 

広告手段として、他のバンドが白黒のチラシを作る中、しっかりとカラーでチラシを作るなど、デザインにもこだわりを見せます。レコード屋の店員であることからその立場を活用して、様々なところにチラシを置いてもらうほか、DMを送るなど他のバンドではできない広告を実施します。

 

その結果、最初のライブでは150人ほど集客に成功します。

 

その後も動員数を伸ばしていくL'Arc〜en〜Cielですが、他のバンドのようにライブの本数を増やす事はせず、敢えてライブの本数を減らしていきます。また、次のライブの告知も会場でしかしない、デモテープも売らないといった、ライブに来ないと聴けない状況を作り出しました。

この行動の裏には口コミで確実に動員数を増やしたいという考えがあったようです。

実際、tetsuyaさんの思惑通り動員数はどんどん増えていきます。

 

この頃になると、レコード会社などから、CDを出さないか?といった連絡も多くなってきたそうです。当時L'Arc〜en〜Cielには事務所がついていなかったため、そういった連絡の対応は全部tetsuyaさんがしていたそうです。実際にワンルームを借りて、電話線を引き、FAXを設置し、広報のフリをしてブッキングの調整や電話対応をしていたのです。

 

順風満帆な活動の中で、音楽性の違いからメンバーが脱退をしてしまいますが、それにより当時大学生だったkenさんがメンバーに加入します。

今のL'Arc〜en〜Cielのメンバーが固まり始めた頃、当時所属していた事務所とCDの販売の有無について揉めることとなります。

商業としてCDを販売したい事務所と、納得のいく形でCDを販売したいメンバーとの間で軋轢が生じてしまいました。

 

これまで頑なにデモテープの販売を拒み続けてきたtetsuyaさんとしては納得のいくメンバー、納得のいく機材、納得のいく形で楽曲を世に出したかったのでと思います。

 

その後は紆余曲折を経て、アルバム「DUNE」の製作に挑みます。

この時期はhydeさん、tetsuyaさん、kenさん、sakuraさんの見慣れたメンバーが揃っており、1stアルバムを出すタイミングとしても申し分ない時期でした。

ちなみにsakuraさんを口説き大阪に呼んだのもtetsuyaさんです。

 

メジャーデビュー後の失敗からマネジメントの重要性を再認識

順風満帆でメジャーデビュしたL'Arc〜en〜Cielですが、2ndアルバム「tierra」発売後のライブ動員数は納得いくものとはなりませんでした。

会場がソールドアウトにならない事もあり、この事についてtetsuyaさんはスタッフにお任せしすぎた事が要因の1つではないか?と考えるようになりました。

 

L'Arc〜en〜Cielは駆け出しの頃から自分たちでマネジメントを行い成功したバンドなので、メジャーに進出した後も自分たちの意見をマネジメントに反映させるやり方を貫くべきであると仕切り直します。

 

その結果として、3rdアルバム「heavenly」を皮切りに、細かく全国を回る動きを始め、武道館をソールドアウトするまで調子を取り戻します。

 

その後の4thアルバム「True」ではミリオンを達成し、tetsuyaさんは音楽を作るだけではなく、マネジメント部分も重要であると確信します。

 

sakuraさん脱退とyukihiroさんの加入に向けたリーダーとしての決断

巨大な船になったL'Arc〜en〜Cielに不本意な形でsakuraさんが脱退します。

この事件は順風満帆で活動を続けた来たL'Arc〜en〜Cielの活動を止めるには十分な事件でした。

ファンのことを第一に考え、メンバーは曲作りや再始動後の事も前向きに考えていました。

 

そんなL'Arc〜en〜Cielの再始動後の会場はなんと東京ドームだったのです。

L'Arc〜en〜Cielがこれまでに公演した会場の中でもっともキャパが大きいのは日本武道館だったのですが、騒動後に武道館よりキャパの大きいドームで公演をしようというのは無謀としか思えませんでした。

 

それでもtetsuyaさんは今後のL'Arc〜en〜Cielの活動を考え、反対意見のある中でドーム公演を強く希望しました。仮にここで再始動の会場を武道館にした場合、バンドはダメになったと思われることを懸念したそうです。

 

また、東京ドームではsakuraさんの代わりにyukihiroさんがサポートとしてドラムを叩いてます。

今後のL'Arc〜en〜Cielの活動のためにyukihiroさんをメンバーに採用したいというtetsuyaさんの希望にも賛否両論あったそうですが、バンドの事を考え、yukihiroさんの加入を決定しています。

 

yukihiroさんを正式なメンバーとして多くの人に認めてもらうため、yukihiroさん加入後には急ピッチでシングルやアルバムを製作しています。これもtetsuyaさんの意向のようです。

 

職人気質の性格

yukihiroさん加入後2018年現在までラルクの勢いは衰える事はありません。近年は新曲を出す機会も減りましたが、今年のラルクリスマスでは東京ドーム2daysを文句なしに成功させています。

 

tetsuyaさんのベースも相変わらずの実力です。tetsuyaさんは自分のことを職人タイプと言っており、与えられた事を黙々と着実にこなすタイプだと言っています。

ライブでも最低8割〜9割ほどの実力が出るように演奏しているとのことで、しっかりと仕事をこなすタイプのようです。

 

また中途半端な事が嫌いみたいで、中途半端な仕事をするくらいならやらない、やるなら徹底したものを作ると語っています。

 

他人への感謝を忘れない

tetsuyaさん自身が現在まで音楽を続けているのは自身の努力や才能の賜だと思いますが、本人は運だけでやって来たところもあると言っています。時にはモチベーションが下がって音楽に興味が無くなる事もあるそうですが、スタッフの応援で再起した事もあったようです。

冒頭で紹介した雑誌では以下のように語っています。

本当に、僕はすごく人に恵まれてきた。いろんな人に支えてもらって、いろんな人に出会えて。だから今、こうやってここにいる。

 

素直にそう考える事ができるtetsuyaさんの器の大きさが垣間見えます。

 

 

商売が好き

西川貴教さんのイエノミで、どんなエンターテイメントを作って何を商品化したら売れるのかを楽しそうに話されています。

 

確かにラルクの物販では他のミュージシャンにはない面白いグッズが多くありますし、商売人としての一面が濃ゆいのかもしれません。


~第三十一夜~ゲストtetsuya(L'Arc〜en〜Ciel)Part1 3

 

 

 ソロ活動はもクオリティーが高い!

tetsuyaさんが楽曲作成の際に意識していることに、サビを聞かせるものにすることがあります。ソロ活動でもサビが効いた曲がたくさんありますので是非お聞きください!。


Time goes on ~泡のように~ / TETSUYA  [LIVE TOUR 2016「THANK YOU」at 赤坂BLITZ]

 

最後に

日本が誇る偉大なバンドL'Arc〜en〜Ciel、そしてそのリーダーのtetsuyaさんの活動に今後も目が離せません。

ただみなさんももう50歳になりつつありますので、無理せず、いつまでも末長く活動してもらいたいと思います。

 

www.karasu100.com